利権に絡んだ汚職というものは、いつの時代になっても後を絶たない。
日本が高度経済成長に向かうための東京大阪間の新幹線整備の時も、利権に絡んださまざまな憶測が巷をにぎわせたかもしれない。この小説はもちろんフィクションであるが、公共事業を巡る土地の買収については、莫大な資金が動くことになる。このような利権構造を小説の中に見ることができる。
汚職の手口と事件の展開
昭和34年、横浜線と東横線が交差する菊名駅の近くの小さな不動産屋からこの小説は始まる。菊名やその周辺も、以前は畑ばかりだったが、郊外の住宅地として地価も上がりつつある。菊名で不動産屋を営む佐渡のもとに、大阪弁の中江雄吉という人物がやってくる。そして、中江は三星銀行からの融資による莫大な資金力で、佐渡に篠原耕地一帯の土地買収の依頼を持ちかける。
昭和37年4月下旬、月刊誌「春夏秋冬」の及川編集長に田丸陽子の母から、「娘が八丈島に行ったきり1月3日に神隠しに会ったように、行方不明になってしまった。捜索しても見つからない。雑誌社に事の真相を突き止めてほしい」旨の手紙が届く。田丸陽子は、27歳のBG(当時ビジネスガールと呼ばれていた)で、日本人離れした美人であった。記事になるかは半信半疑のまま、早速、ルポライターの桔梗敬一とカメラマンが現地の八丈島に飛ぶ。現地では、同時期に堤染吉という62歳の男性も行方不明になっている。田丸陽子は1月3日に三原山に登ると言い残し、そのまま行方が分からない。島から出た形跡もない。
警視庁捜査二課では、部長刑事の多山和夫が、「新幹線公団」の東京大阪を結ぶ「東海道特急ライン」工事を巡る海原課長補佐の汚職を突き止めていた。しかし、その被疑者は、小物であり、海原は、もっと大掛かりな「新幹線公団」が関係した土地買収を巡る大掛かりな汚職の存在をにおわせたのである。調べてみると、大阪の中江という人物によって、新淀川、新神奈川の二駅の周辺を買い占められていたのである。多山は狙い撃ちしたような土地買収に不正を確信する。
一方桔梗は、田丸陽子が務めていたという「新幹線公団」に問い合わせるが、随分以前に退職していることをつきとめる。しかし、田丸の母親には偽の給与明細と給与が退職後も送られている。そして、田丸陽子と中江との接点が、「乃木坂コーポラス402号」であることがわかってきた。
二課は、この汚職の黒幕が憲民党幹事長、工藤陸郎であることに気が付く。しかし、工藤には過去の疑獄で何度も逃げられ、二課は煮え湯を飲まされてきた。そのため今度こそはという意気込みである。そして、工藤と三星銀行、新幹線公団、田丸陽子、中江の汚職の構造が見えてくるが・・・・。
桔梗の取材と二課の多山の捜査とが交錯しながら一本の線で結ばれていく。
「夢の超特急 新幹線汚職事件」となかなか出会えず・・・
東海道新幹線の計画から、利権と巧妙な汚職の構造が描き出された推理小説なのだが、僕が学生時代に、政治学の教授が「汚職の構造が描かれた面白い小説」として紹介しておられたのを憶えている。
どこかで読んでみたいと思いながら、本はすでに絶版になっており、なかなかこの本に出会わなかったのだが、たまたま古書を手に入れることができた。
『夢の超特急 新幹線汚職事件』(角川文庫)梶山季之著 角川書店 1975年